中村明珍 ⇔ 黒木淳史 往復書簡

黒木さんへ 2024年1月from 中村明珍

2024年になりましたね。お正月はどこかに行かれたでしょうか? 周防大島だと皆さんどこにいかれるんでしょうね。「大島」というだけあって、僕が住んでいる場所と黒木さんが住んでいる場所はだいぶ離れているので、おそらくまったく違う文化が根付いているのでしょう。

僕は10年前に思い立ってお坊さんになってから、お正月の意味がなんだか変わってしまいました。それまでは、初詣に行くといってもお寺、神社、なにもかもごちゃごちゃに認識していて、なんでもいいからその年の思いつきでどこかへ。初詣は「ただの小旅行」「遊び」というぐらいの気持ちで行っていました。
それが今度は「お参りの方を迎える」という立場になってしまった。本山で迎えた除夜の鐘、夜中、そして朝へと行列が途絶えない初詣の人々のエネルギーったら、もうびっくりしました。NHKの「ゆく年くる年」の中継が入る横で仕事をしていた年もあります。いろいろ思い出してきました。

さて、お正月気分が抜けないまま書き始めてしまいました。
大工である黒木さんを思い浮かべていたらいくつも質問が湧いてきたので、この往復書簡で聞いていきたいと思っています。

まずは、かねて気になっていた、このこと。「間」と「柱」についてです。

神代雄一郎さんの著書「間(ま)・日本建築の意匠」にこうありました。

「石や煉瓦を積んで壁をつくることから始める西欧の古建築と違って、木造の日本建築は、まず『柱立』、柱を立てることに始まり、その柱から『間を斗(はか)って』次の柱をと、立てついで造られる」

そういえば……僕は子どもの頃からレゴブロックで家を作って遊ぶときには、当たり前のように壁を作ることから始めてきました。今に至るまでその発想しかなくてびっくりします。神代さんの指摘からすると、もしレゴで日本建築を作るとしたら柱から立てなければいけないですね。柱立のパーツ?

一般的に、「六畳一間」なんていったりしますよね。「四畳半フォーク」という音楽ジャンルまでありますが、これは畳が単位でしたか。土間、板の間。お笑いでも「間が大事」っていったりしますね。

一方、神社の神様を数えるときは、「一柱」「二柱」と、柱が単位になっていることにも驚きました。初詣にいったら、一柱、二柱、三柱などの神々に柏手を打って僕たちは健康や成功や合格を祈っている。
僕のお寺のお師匠さんも、かつて依り代として山の中に柱を立てたと、僕に教えてくれたことが鮮やかに記憶に残っています。本当に柱なんだなあと。

「だがそれでは、人は一本の柱(物)と、二本の柱が立って生じた間(関係)との、どちらを強く意識しただろうか」(同書)

神代さんは著書のなかでそんな問いを投げかけていました。

さて、そんなことで僕からの質問はこうです。家の「間(ま)」について、そして「柱」について。実際に現代で家を造ったり直したりする大工からみて、感じていることや思っていることを知りたいです。黒木さん、どんなですか?

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